『ペット・サウンズ』の作詞家トニー・アッシャーが語るブライアン・ウィルソン
トニー・アッシャーはロックファンの間では『ペット・サウンズ』の作詞家として知られているが、必ずしも収録曲すべてにかかわっているわけではなく、クレジットされているのは(インストルメンタル曲を含む)全収録曲13曲のうちの8曲である。
しかし「God Only Knows」と「Wouldn’t It Be Nice」(マイク・ラヴもクレジットに含まれる)というアルバムを代表する2曲の詞を書いており、またアッシャーとブライアンとの共同作業が『ペット・サウンズ』の世界に深みを持たせたことは、この過去50年間に確立された評価となっている。
もともとコピーライターであったトニー・アッシャーは1960年代、テレビやラジオのコマーシャルのジングルを作っていた。
その録音のためにレコーディング・スタジオに頻繁に出入りしていたとき、ブライアン・ウィルソンと出会ったという。
以下はアッシャーの語る当時のブライアンの様子である。
【ブライアンとの仕事】
当時ブライアンはとても自由に仕事をしていた。自宅のピアノでアイデアが浮かぶと「よしこれからスタジオに言ってレコーディングしよう!」なんて言い出したりした。
初めて会ったときブライアンはデモをレコーディングしていると言っていた。ブライアンは相手が誰であれ、「これを聞いてみて、感想を聞かせてくれ」などと話しかけるタイプだ。しかしこれは決して変なことではない。彼の音楽は誰もが楽しめる音楽なんだからね。
彼の家で一緒に曲を書いていたとき、ドアベルが鳴ったことがあった。宅配便の人が小包を届けに来たんだ。するとブライアンは「ちょっとこっちに来て、この曲をどう思うか聞かせてくれ」とその人に言ったことがあったよ(笑)。
初めてブライアンに会ったそのときも、いきなり私に3曲聞かせて感想を求めてきた。ブライアンと仕事をする場合に困るのは、ブライアンの頭の中では最終的に出来上がった曲の全体像すべてが聞こえているが、私たちにはそこまで分からないということなんだ。彼は「ここにストリングスが入って、この部分にはホーンを入れるつもりだ」などと説明してくれはするけどね。
その後、ブライアン本人から電話があった。彼は「新しいアルバムを完成させなければいけない。ビーチ・ボーイズのメンバーは今日本でツアーをやっている最中だから、一緒に曲を書く人がいない。今まで一緒に曲を書いた人とは書きたくない。全く新しいことをやりたいんだ」と言った。そして「一緒にこのアルバムを書かないか?」と聞いてきた。「一曲書いてくれないか?」とは言わなかった。
ブライアンはこのアルバムを作るのにとてもエキサイトしていた。曲を書いたり、何か気に入ったものを思い付いたりしたときは、とにかくそれを何度も何度も演奏した。彼はテンポを少し早目に演奏してしまうところがあった。新しいアイデアがうれしくてエキサイトしていると、より表現豊かに演奏してしまうのだろう。曲作りをしている時の彼はとても機嫌がよかったよ。
【ブライアンとの曲作り】
「God Only Knows」や「Caroline, No」などはブライアンが曲を書く横で私が詞を書き、アイデアを交換しながら作った。書きあがった後も、書いたことを思い出せないくらいだった。曲が自然に出来上がる感じだったからね。
「Wouldn’t It Be Nice」では、ブライアンはすでにメロディを書き上げていた。この曲にはたくさんの歌詞を書いた。取り立てて難しい仕事ではなかったが、とにかくたくさん書くことがあった。
一方「God Only Knows」の場合は、なかなか先に進まなかった。「この歌詞はほかのパートに使おうか」なんて言いながらやっていった。
「I Just Wasn’t Made for These Times」のときは、ブライアンがすでにタイトルをつけて曲を持ってきた。「Here Today」も彼が曲のタイトルを示してきたと思う。
ペット・サウンズの収録曲で最初に書いたのは「You Still Believe in Me」だった。ブラインはすでに「In My Childhood」という曲を持っていた。しかしこの歌の歌詞をブライアンは気に入っていなかった。「家に持って帰って歌詞を書いてみてくれ」と言われたので、1~2日後に、「You Still Believe in Me」の歌詞をつけてスタジオに戻ったんだ。
『ペット・サウンズ』には大きなヒットにはなってないが優れた曲がいくつか含まれている。「You Still Believe in Me」はまさにそのうちの一つだ。
歌詞をブライアンに見せるときは緊張したか、とみんな聞くのだが、なぜか緊張はしなかった。その理由の一つは、ブライアンにはこちらの恐怖心を解きほぐすようなところがあった。また彼はいつも「一緒にこのアルバムを作ろう」というスタンスで話してくれた。
「You Still Believe in Me」については歌詞のコンセプトを話し合うことはなかった。しかしそのほかの収録曲については、よく話をした。私たちはいつも女の子とのデートや可愛い子を見つけることについて話したし、また付き合ったり別れたりすること、ハイスクール時代の思い出や、友人がどんな子と付き合っていたか、などについて語り合った。そうしているうちに、私たちの考えはまとまってくる。それが多くの曲に当てはまるんだ。
ある特定の女性についての歌はあまりない。それよりも、人の心はどのように変わってゆくかについて歌った歌を書いた。「Caroline, No」は、かつて好きだった少女がいて、その子に3年ぶりにパーティで会ったら全く別人になっていた、ということを歌った曲だ。
私たちはこんな会話をしながら、ある種のムードを作り上げていった。幸せなムード、あまり嬉しくないムード、または哲学的なムード、といったものだった。
【時代を先取りし過ぎた『ペット・サウンズ』】
“部外者”というのがどんな気分だが私には分からないが、間違いなくブライアンはいつもそう感じていたと思う。彼のそんな気持ちが『ペット・サウンズ』の曲の中に反映されている。
『ペット・サウンズ』については、ヒット曲を書くことではなくアーティストとしての情熱を持って曲を書く、というスタンスだった。このことについてお互いによく話し合いもした。私たちは曲を書き始める前に一緒にあらゆることを話し合った。このアルバムで何か完全に違ったことをやりたかったのだ。
私たちが曲を書き、それがスタジオで徐々に歌として形作られてゆくと、ブライアンはしばしば「こんなのはビーチ・ボーイズの曲に聞こえない!ってみんな言うだろうな」と言っていた。
私が初めてスタジオに入ったとき、彼はすでに「Sloop John B」をレコーディングしてあったのだが、これはビーチ・ボーイズの歌には聞こえない、と私も思った。水夫の歌う労働歌だからね(笑)。しかしヴォーカルはビーチ・ボーイズのものだった。
日本から帰ってきたビーチ・ボーイズのメンバーにヴォーカルのレコーディングについて説明したとき、メンバーたちから「何だこれは?こんなのビーチ・ボーイズの音楽じゃないぜ」と言われていた。それをブライアンはとても悩んでいた。
ブライアンは「僕のファンは何が起きたんだか分からないだろう。彼らは驚いてすごく気に入ってくれるか、それとも嫌うか、どちらかだろう」といつも言っていた。
私は『ペット・サウンズ』の仕上がりには満足した。しかし売上にはがっかりした。ビーチ・ボーイズのアルバムはいつも大ヒットでセールスも良かった。だから私はこのアルバムもヒットすると思い込んでいたのだ。それはアルバムの内容からではなく、それまでのビーチ・ボーイズの人気ぶりを考えてそう思っていたのだ。ブライアンも落ち込んでいた。事実彼は「このアルバムは時代を先取りし過ぎた」と言っていたし、実際その通りだったのだ。
『ペット・サウンズ』が画期的なアルバムになると考えていたが、期待通りの結果にはならなかったせいで、あとになって彼は自分を責めていたのじゃないかと思う。
(Interview with ‘Pet Sounds’ Lyricist Tony Asher)