「サージェント・ペパーには美しいものは何もない」 今では想像できなことが書いてある1967年6月のアルバム・レビュー

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どんな分野でも今までなかった新しいものが登場すると、露骨に首をかしげたり、中には頭ごなしに否定してかかる人がいるが、それはビートルズに対しても例外ではなかった。

 

1967年6月18日、米ニューヨークタイムズ紙に「We Still Need the Beatles, but…」と題された論評が掲載された。

6月1日にリリースされた『Sgt. Pepper’s Lonely Heart’s Club Band』のアルバム・レビューである。

 

これを書いたのは音楽ジャーナリストのリチャード・ゴールドスタイン。

今となっては「サージェント・ペパーをこき下ろしたジャーナリスト」としてある意味有名な人物である。

 

この論評は、『Sgt. Pepper's』を事実上の失敗作と見なしているように読める。

長い文章なので、各曲についてポイントとなる部分をピックアップして以下にまとめた。

 

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このアルバムのサウンドは、不協和音と豪華さの模倣品である。

熟したムードをかもして郷愁を呼び起こす一方、アルバムジャケットと同じく、全体的にはやかましく、流行を追い、混乱した出来上がりになってしまった。

世話をされすぎた子供のように、「Sgt. Pepper’s」は台なしにされてしまったのだ。

見かけ倒しな曲づくりとともに、楽曲制作に対する強迫観念がアルバム全体に浸透してしまっている。

「Sgt. Pepper’s」には美しいものがなにもない。

 

Lucy in the Sky With Diamonds」は魅力的な骨とう品ではあるが、それ以上の何物でもない。

反響と、エコーと、その他スタジオで行われたディストーションにどっぷりとつかっている。

音色が意味を追い越してしまい、私たちは電子音がダラダラと流れるなかに取り残されることになる。

 

ポール・マッカートニーのポップな讃美歌は上品な深まりを見せるにとどまった。

She’s Leaving Home」には、「Eleanor Rigby」で聴かせたオーケストラによる壮大さがすべて残されているが、その枠組みは弱くなっている。

息苦しい田舎の家庭生活から出ていく若者の物語は、厳かにうず巻くようなストリングスには似合わないのだ。

「Eleanor Rigby」が悲劇を印象的な内容に詰めこんでいる一方、「She’s Leaving Home」は陳腐な物語になっていて、それ以上のものがない。

この曲を3回も聞けばうんざりして、大げさに気取ったものにしか聞こえなくなってしまう。

 

レノンの下品さは「Being for the Benefit of Mr. Kite」の奇想的なイメージに成り下がってしまった。

 

ハリスンの歌「Within You and Without You」は「サージェント・ペパー」を分析するにはもってこいの曲だ。

最も強力な曲ではあるが、その一方でこの曲には、アルバム全体がもつ典型的な欠点が見て取れる。

『Revolver』の「Love You To」と比べると、メロディはインドのラーガが強調されたものになっている。

歌声か祈りの声かわからないハリスンの声が、溶けだしたチーズのようにメロディの上に流れ出てくる。

残念なことだが、ハリスンの歌詞は陰気で退屈だ。

「Love You To」はヒンズー教経典に対する熱心さとともに展開していく歌だが、「Within You and Without You」ではビートルズが葬ろうとしている「With our love/ We could save the world/ If they only knew」などという言い古された歌詞を再び使っているのだ。

 

このアルバムには「When I’m 64」のように滑稽な風刺の要素も含まれている。

しかしこの歌で最も強調されているのは皮肉ではなく、夢の引退生活だ。

多くの孫たち、ガーデニングの楽しみ、ワイト島にあるちょうどよい大きさのコテージ。

「We shall scrimp and save」(僕たちは倹約生活をしていかなくちゃいけない)とビートルズは尊敬を込めて歌う。

これは奇妙なおとぎ話で、中途半端に悲しげだ。

なぜなら、この歌をつくった作者の現実は、倹約生活とはまったくかけ離れたものだからだ。

 

Sgt. Pepper」のリプライズはあと知恵のようなものだ。

 

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ここまで読むと、ゴールドスタインは音楽ファンに自分の意見を伝えることよりも、ビートルズをけなすことを目的に書いているように思えてくる。

 

しかし最後にゴールドスタインは、「A Day in the Life」についてはきわめて好意的に書いているのだ。

 

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A Day in the Life」はこのアルバムの精神から徹底的に離脱するもので、半島のような存在感を持っている。

この曲は、アルバムの気取った雰囲気とは何の関係もない。

これはレノン=マッカートニー作品の中で最も重要なものであり、ポップカルチャーの歴史的事件である。

「A Day in the Life」はトップ40には入らないだろう。

しかし、トップ40入りするその他多くの楽曲に影響を与えるだろう。

 

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果たして、「落として、上げる」という手法だったのか・・・?

 

いずれにせよ、これが当時主流の意見だったわけではない。

 

『Sgt. Pepper's』アルバムはリリースされると同時に大ヒットとなり、ロック史に残る最高傑作(のひとつ)として世界中で認識され、すでに半世紀がたつ。

 

ゴールドスタインの辛辣な意見などは歴史の1ページですらなく、むしろ隠れたエピソードに過ぎないだろう。

 

しかしポール・マッカートニーは今でもこのアルバム・レビューのことを覚えているらしい。

 

つい最近の米ワシントンポスト紙で、ポール自身のソロ活動に関するインタビューを受けていたときのことだ。

1980年代のポールの音楽活動について批評家たちがあまり良く評価していなかったことに対し、ポールはこう答えている。

 

「落ち込んでしまうことだったよ。とにかく僕は、現実に起こっていることを理性的に判断しようとしたんだ」

 

「そして、ちょっと待てよ、と思った。そういえばニューヨークタイムズ紙の音楽評論家が「Sgt. Pepper」を嫌っていたときも、僕たちはじっとそれに耐えなくちゃいけなかったんだよ」。

 

ビートルズ本人たち、とくにこのアルバムに最も力を注いでいたポールにとっては、やはり軽くやり過ごせるものではなかったようである。

 

 

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