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リンゴ・スター 写真集『Photograph』出版にあわせて行われた最新インタビュー

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2015年9月、リンゴ・スターは写真集『Photograph』を出版した。

 

 

 

リンゴ自身が撮影した写真を集めたもので、ビートルズのメンバー本人ならではのショットがたくさん見られることで話題となった。

 

「いわゆるスナップショットって言うやつだよ。その瞬間を捉えているんだ」とリンゴは語る。

 

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(撮影:リンゴ・スター

 

この本の出版に先立ち、ロンドンにあるナショナル・ポートレート・ギャラリーではリンゴ・スター写真展が開かれた。

 

「僕はいつも写真を撮るのが大好きだった。ビートルズ全員がカメラを持っていた。初めて日本に行ったとき、みんなでカメラを買い集めたんだと思う。でも僕はその前から写真を撮っていたんだよ」。

 

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(撮影:リンゴ・スター

 

ビートルズのメンバーの中でも特に写真好きであったリンゴの写真展開催・写真集出版に合わせ、イギリスの新聞「The Independent」がインタビューを行った。

 

www.independent.co.uk

 

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「すべてがエド・サリヴァン・ショーから始まったんだ。7千万人の人があの番組を見て、そのうち300人がドラマーだったんだよ。きっとそんな感じだったと思う。だから多くの人が「私がいまドラムを演奏しているのはあなたのおかげなんです」って僕に言うんだ。でもその時は自分がドラムを叩くだろうなんて分からないだろう」

 

いつまでも元気で活動できる秘訣は? 

「僕はヴェジタリアンだ。だから肉は食べないし、魚も食べない。ブロッコリーとか、そんなものを食べて生きてるんだよ。野菜はたくさん食べる。でもライヴで演奏した夜はオリーヴオイルで炒めたポテトと酵母製品を食べる。でもバターは使わないよ!これが体にいいんだ。乳製品も食べるけど、ヤギのミルク、ヤギのチーズ、ライス・ミルクなんかが主なものだね」

 

「僕は活力がたっぷりある。だから倒れるまで続けるし、倒れたらそこでやめる。ジムにも行ってるんだ。今は2つの国に専任のトレーナーがいるんだよ。ロサンゼルスでは週に3回トレーナーについてエクササイズをする。さらに自分ひとりでも週に2~3回ジムに行くんだ。ツアー中でも、毎朝9時にはジムに入ることにしている。とにかくカラダを動かすことだ。もう本格的に走ったりはしないけど、ジョギングをする。それから少しウェートリフティングもするよ」

 

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(撮影:リンゴ・スター

 

アルコールにおぼれた1970~80年代 

「僕は17歳の時にはパブに行って飲んでいた。18歳のフリをしてね(※イギリスでは18歳から飲酒できる)。ビートルズ時代も4人みんな酒を飲んでいた。さらに“ほかのもの”までが僕たちの生活に入り込んできた。僕の場合はそれがアルコール以上の存在になってしまったんだ」

 

「ひどいときはバンドのメンバー全員がろくに働けないときもあったんだよ、ハハハ!状況はどんどん悪くなって、僕の場合はどうしようもならなくなった。最後は、アルコールが何よりも大事なもの、っていう状態にまで落ちてしまった。僕のキャリアが落ち目になっていたことでもそれが分かると思う」

 

「70年代~80年代の写真がこの『Photograph』の中にはあまり載っていないのは、そういう(キャリアが落ち目であったことが)原因なんだ」

 

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(撮影:リンゴ・スター

 

ハンブルク時代

「ドイツ(のハンブルク)へ何度も行った。収入はいいし、スーツケースに“ウィンクルピッカーズ”っていう靴をたくさん詰め込んで行ってハンブルクで売りさばいたんだ。演奏で稼ぐよりも多く稼げたんだよ!ドイツ人はあの靴が大好きだったんだ」

 

両親の思い出 

「僕のお母さんはビートルズが急に人気者になったことについては、特に心配していなかった。むしろ喜んでいたよ。お母さんは人生を通して僕を愛してくれた。1966年にお母さんに電話して「僕たちはもうツアーをやらないんだ」って言ったら、「でもリヴァプールでは演奏するんでしょ?」って言うから、「違うよ、もうライヴでは演奏しないんだよ!」って言ったんだ。でも彼女はそれが理解できなかったみたいだよ」

 

「義理のお父さんだったハリーも素晴らしい人だったんだ。よい父親だったし、音楽を愛していた。お父さんのおかげでサラ・ヴォーングレン・ミラーなんかを知った。大事なことを教えてくれたんだ。僕はお父さんのおかげで音楽を聴くようになった。「これはもう聴いたかい?」なんていってルイ・アームストロングを聴かせてくれたりしたんだよ。彼は「そんな音楽、消してしまえ」なんてことは決して言わなかった」

 

神格化されたジョン・レノン

「僕にとっては、僕の知っているジョンのままだ。彼はとても意志が強かったけど、大きな心の持ち主でもあった。笑うのも大好きだった。それがジョンなんだ。彼は僕の友達だったからね。彼がいなくて寂しいよ。ジョンとジョージとは、実際の人生では短い間しか一緒にいられなかったから、とても寂しい。でもとても中身の濃い時間だった」

 

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(撮影:リンゴ・スター

 

ポール・マッカートニーとの関係

「今でもポールと会って話をするんだ。また今でも一緒に演奏するときはとても楽しいんだよ。ビートルズのときの楽しい思い出のようだ。ポールは演奏が上手い。彼は最高のベーシストだ。それに僕は最高のドラマーだからポールはラッキーだよ」

 

「With A Little Help From My Friends」の歌詞「What would you do if I sang out of tune?(もし僕が調子外れに歌ったら、君たちはどうする?)」について

「最初にポールが書いた次の行は「Would you stand up and throw tomatoes at me?(立ち上がって僕にトマトを投げつけてくれるかな?)」だった。だから僕は言ったんだ「そんな歌なら歌わないぞ!ふざけてんのか?今までさんざんひどい物を投げつけられてきたのに」ってね。それで2行目は書き換えられたんだ」

 

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(撮影:リンゴ・スター

 

ツイッター

「僕は現代社会に入り込もうとしているんだ。ツイッターが大好きだよ!僕を気に入ってくれているユーザーもいるけど、好きじゃない人もいるようだね。でもそんなことは気にならない。ユーザーの中にはほかにやることがないみじめな人たちもいるんだ。僕は今でも peace and love を広げていくんだ」

 

現在でも休まず働き続けていることについて 

「なぜ働き続けるのか、みんなは理解できないんだろうね。でもこれが僕のやることだから続けているだけだ。音楽を始めたとき、13歳のときの夢は演奏すること、ドラムだけを演奏することだった。とにかくドラムを演奏することが大好きだ。人に喜んでもらうことも大好きだしね」

 

「ドラムを演奏することが僕の仕事。僕はドラマーだ。あと、写真を撮る(この本のためにね)。ギターもピアノもちょっと弾くけど、僕はドラマーなんだ。そういうことでいいじゃないか」

 

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Photograph