【追悼】ジョージ・マーティン ジェフ・ベックを語る
レコーディング・アーティストとしてのビートルズを育てあげたその功績により、ジョージ・マーティンについては生前から多くが語られ、高く評価されてきた。
一方、この「第5のビートルズ」としての歴史があまりにも大き過ぎるために見過ごされがちなのが、ジェフ・ベックをインストルメンタル・ギタリストとして完成させた功績である。
1974年、マーティンはマハヴィシュヌ・オーケストラによる『Apocalypse(黙示録)』をプロデュースした。
マハヴィシュヌ・オーケストラのリーダー、ジョン・マクラフリンに傾倒していたジェフ・ベックは、自身の次のアルバムのプロデュースをマーティンに依頼した。
【ジェフ・ベックが語るジョージ・マーティン】
『Blow by Blow』のリリース直後、ベックはこう語っている。
「ギターのインスト・アルバムに取り掛かりたかった。私の好きなヴォーカリストの中で、一緒に演奏できる人がいなかった。だから再びヴォーカル・アルバムを作るのは問題外だったんだ」
「GフラットメジャーからAマイナーまで知っているような人と仕事ができるのは素晴らしかった。一緒に働く人として、ジョージはとても優れた、客観的な人物だった。彼は的確な方向からアルバムを捉えなおす。これこそプロデューサがするべきことだと私は思う。彼はしっかりコントロールし、私たちが持っていた粗雑なアイデアを形あるものとして表出させることができた。彼が私のしていたことを完全に理解していたとは思わないが、私も自分でわかっていないからね(笑)」
「ジョージと『Blow by Blow』を作るのは楽しかった。この仕事が重要だという雰囲気があったからだ。しかし「おい、この野郎!俺たちはもう2年も待っていたんだぞ!」なんていう感じではなかった。『Truth』以来、これほど良いプレイができたものはないと思う」
【ジョージ・マーティンが語るジェフ・ベック】
以下は1978年、ジョージ・マーティンが『Blow by Blow』のレコーディング当時を回想して語ったインタビューである。
ジェフと初めて会ったのはいつでしたか?
私はあまり正確に過去の日付を覚えない人だからな…最初にジェフと一緒に作ったのは『Blow by Blow』だった。初めてジェフに会ったのは、今から4年くらい前だったかな。1974年ごろ、このアルバムのために会った。それよりもずっと前に彼と会ったことがあると思うが、一緒に仕事をしたことはなかった。
私はずっと彼の演奏をとても素晴らしいと思っていたから、彼から私に近づいてきてくれたのには率直に驚いた。私は彼の仕事をよく知っていた。彼はずっとヘヴィーロック、ヘヴィーメタルをやっているミュージシャンだった。また最先端を行っている男で、決まったことをやっているだけの男ではなかった。
私は、それまでジェフがやっていたようなものよりも、もっとソフトな音楽をやるほうが多かったので、彼からアプローチしてきたのはとても驚きだった。そんなわけで私は、これはジェフにとって面白いチョイスになると考えたのだ。
彼がプロデュースの話を持ちかけてきたとき、私はとてもエキサイティングだと思った。素晴らしいアイデアだし、ジェフと一緒に仕事をできるのを楽しみにしていた。実際、とてもうまく行ったのだ。
ジェフは、アルバムに収録された曲のどれかを演奏してあなたに聴かせたたのですか?
もちろん、私たちが話し合いを始めた時はまだ楽曲は形になっていなかった。私たちの仕事の仕方で良かったのは、キーボードのマックス・ミドルトンと一緒に仕事ができたことだ。彼はジェフと一緒に多くの曲を書き、自分自身でも多くの曲を書いていた。
私はジェフと長い時間を費やすことはできなかったが、マックスはジェフに辛抱強く付き合うことができた。だから三者のパートナーシップとなったのだ。またマックスは私の考えをジェフの演奏の中に取り込むことができた。彼は私とジェフの間のとても良い仲介役だった。
『Blow by Blow』と『Wired』の間には違いがありますか?
ないだろう。意外に感じたのは、私からジェフに言い伝えなくてはいけないことを、彼は辛抱強く聞いてくれたということだ。言い争いになるようなことはなかった。彼は指示にとてもよく従った。(「Scatterbrain」「Diamond Dust」など)彼の演奏の後ろにストリングスを入れるというアイデアはとても斬新なものだった。だからこの提案をしたら彼はきっと怒り出すだろうと私は思っていた。しかし彼は微笑みを見せ、「うん、あなたがそういうなら、それでいいんだろうね」と言ったんだ。そして私が完成させたものを聴かせると、彼はとても驚いていた。本当に興奮していたのだ。私はとてもうれしかったよ。
『Blow by Blow』は大成功を収めた。そのせいでジェフのキャリアは難しくしなってしまったのだ。彼はいつも自信たっぷり、というタイプの人ではない。「こんなものを作ってしまったら、この後なにを作ればいいんだ?」と彼は思っていたのだ。だから『Wired』はさらに難しいアルバムになってしまった。彼はとても内向的になり、いつも不安を感じてしまうようになったのだ。
2枚のアルバムのギターサウンドについて。
特別なものは何もなかった。私はレコーディングについては極めてシンプルなやり方をする。人々は信じてくれないがね。レコードから聞こえてくる音の99%は、コントロール・ルームで得られるものではなく、スタジオで得られるものだと思う。もちろん、よいマイクを使い、よいエコライザーを用意し、よいスタジオ技術を用いなければいけない。しかしこれは所与のものだと思う。とくにジェフ・ベックの場合は、ギターサウンドがとても大きいため、周りの人がその音に近づいてゆかなくてはならなかったのだ。分かるかね?
私は「もし何らかの魔法を期待しているなら、私にはそれはできない。今まで作ったことのないサウンドを期待しているなら、それも私にはできないよ」と彼に最初に言い伝えた。「サウンドはジェフのギターから出てこなくてはいけないし、それを自分で作り出さなくてはいけない」とも言った。そして私たちは一緒にそのサウンドを作っていった。彼自身がスタジオでサウンドを紡ぎ出し、私たちはそれをレコーディングの形にしていった。もちろん、あちらこちらにちょっとばかり手を加えたが、特別な手品のようなことは何一つしていない。とてもストレートにつくられたのだ。
ジェフとあなたはとてもいい関係を保っていたように見えます。
ああ、そうだとも。彼はとても変わった人だ。彼は自分のギターをひどく軽蔑しているように見えるんだ。彼の最大の趣味は車で、特にホットロッド・カーに興味があり、ケント州にあるとても大きな家を持っている。クルマの下に潜り込んでオイルを交換し、体中油だらけになることが、彼がもっとも楽しんでいるものなんだ。
彼は機械をいじって遊ぶのが大好きで、自分のギターも、古い鉄のかたまりのように見なしているようだ。彼はボロボロになった古いフェンダーを持ってきて「このギターは良くないな」とか言う。私が「別のギターはないのかね?」と聞くと、「これしかないよ」なんて言うんだ。そして彼はそのボロボロのギターで、信じられないほど美しく、天に上るようなサウンドを作り上げたのだ。
Sir George Martin(1926~2016)