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キース・リチャーズの「無人島に持ってゆきたい10曲」

ローリング・ストーンズ

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ザ・ローリング・ストーンズキース・リチャーズは、本国イギリスのBBCラジオ番組「Desert Island Discs(無人島に持ってゆきたいレコード)」に出演した。

 

ここでは毎度お決まりのミック・ジャガーとの関係についてもコメントを求められている一方、自身の音楽のルーツが母親ドリスのラジオのチョイスに負うところが大きい、と語り「彼女にはラジオのチューニングを的確に選ぶセンスがあった」と述べている。

 

また無人島に持ってゆく10枚のうち1枚に、クラシック音楽が選ばれていることも興味深い。

 

Crosseyed Heart  

 

 

【キースの選んだ10曲】

チャック・ベリー「Wee Wee Hours」

1955年。チャック・ベリーのデビュー曲「Maybellene」のB面としてリリースされたが、シングルヒットし、R&Bチャートの10位を記録した。

 

ハンク・ウィリアムズ「You Win Again」

1952年。この曲も「Settin’ the Woods on Fire」というシングルのB面としてリリースされたが、その後多くのアーティストにカヴァーされる曲となった。キースはハンク・ウィリアムズのトリビュートアルバムでこの曲のカヴァーを歌っている。

 

アーロン・ネヴィル「My True Story」

2013年。キースとドン・ウォズが共同プロデュースしたアルバム『My True Story』のタイトルトラック。アーロン・ネヴィルは「もっとも美しい声を持った歌手」とキースがたたえる人物である。

 

エタ・ジェームズ「Sugar on the Floor」

1978年。エタ・ジェームズはこの年のローリング・ストーンズのライヴのオープニング・アクトもつとめていた。

 

フレディー・スコット「Are You Lonely For Me Baby」

1966年。R&Bチャートで4週間にわたって1位を記録した。

 

グレゴリー・アイザックス「Extra Classic」

1977年。グレゴリー・アイザックスはジャマイカのレゲエミュージシャン。

 

アントニオ・ヴィヴァルディ「Concerto No. 1 in E 'la primavera' (The 1st Movement from Spring) 」

キース曰く:「この1曲の選択はとても大変だった。モーツアルトこそ私が愛してやまない音楽家で、私は彼の書き残した手紙を読んでいた。そこでモーツアルトが唯一評価しているほかの作曲家はヴィヴァルディだったのだ。だから無人島に持ってゆくレコードに加えることにした」

 

リトル・ウォルター「Key To The Highway」

キースは「もし無人島に行ったら「ハイウェーはどこだ?」って思うだろうからね」とユーモアをこめて紹介している。この曲はブルースのトラディッショナル曲で、すでに1940年代から数々のブルースシンガーが取り上げレコーディングしていたが、1958年にリトル・ウォルターがシカゴブルース・スタイルにアレンジしたこのヴァージョンがヒットした。

 

In His Own Words [DVD]  

 

 

ローリング・ストーンズについて】

1962年に結成して以来、いまだにライヴを続けるストーンズについて:

自分たちはまだまだ良くなっていくと思っているんだ。

もしかすると、笑われるような思い違いをしているかもしれないが、オーディエンスの反応や自分の感じ方、バンドメンバーの演奏なんかを考えると、まだ先があると思えるんだ。

そもそも、走り続けるバスから飛び降りる奴なんかいないだろう?

 

 

【反逆児のイメージについて】

今は自分以外の連中が反逆児として騒がれているのを眺めているんだ。

ああいうのはイメージとして定着してしまう。

自分はそう感じているし、ある意味そのせいで他の事が出来なくなっている部分もある。

しかし同時に、私は昔の「キース・リチャーズ」のイメージが大好きだ。

自分は成長しているんだ。

進化と言ったほうがいいかもしれない。

これも孫ができてから始まったことだ。

 

 

ミック・ジャガーとの関係】

ミックと私はいい関係を築いてきた。

いい関係でなかったときもあるが、そんなときだけ人は触れ回ったりするんだ。

ミックと一緒にいると、兄弟のような感じがする。

たまには喧嘩くらいしない兄弟なんかいるかい?

それに私たちはいつも真面目な理由で喧嘩をしていた。

私たちの喧嘩は、ほかの連中がやっているのより真面目だったと思うよ。

 

 

【子供の死】

前妻のアニタ・パレンバーグとの間に出来た3人の子供の一人が、生後2ヶ月で突然死したときも、キースはいつもどおりストーンズとライヴを行った。

当時はその行動を批判する人もいた。

しかしキースは、乗り越えるにはそれ以外なかった、と語る。

 

とてもショックな出来事だった。

私はパリにいて電話を受けた。

ジュネーヴで起きた息子の死を知り、このままでは私は頭がおかしくなると思った。

今晩、ライヴをやるしかない。

ただ座って、自分の身に起こったことを考えていたら、何をしでかすか分からない。

ある種の自衛本能が働いたんだろう。

あれはひどい、ひどいことだったんだ。

これからライヴだ、ステージに行かなきゃ行けない、という気持ちがあった。

ライヴが終わってから全てを考えよう、と思った。

 

 

【無人島に持ってゆきたい「本」】

キースは読書家としても知られているが、この番組で音楽に加え無人島に持ってゆく一冊の本を選ぶようリクエストされると、アメリカの作家ジェームズ・ノーマン・ホールの『Doctor Dogbody’s Leg』を挙げた。

 

1940年に出版されたこの小説は、このラジオ番組でキースが触れたことで再び注目が集まり、ここ数週間売れ行きを伸ばしているという。

 

 

なお、このラジオ番組は以下のページからMP3ダウンロードして聴くことができる。

www.bbc.co.uk

 

レコード・コレクターズ 2015年 11 月号  

 

 

参考記事: 

I owe it all to my mum’s impeccable taste in music says rocker Keith Richards | Music | The Guardian

Keith Richards sparks rush for rare book after singing its praises on radio | Books | The Guardian