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ジャック・ブルース 一周忌 「Ultimate Guitar」に掲載された生前のインタビュー(後半)

 

ジャック・ブルース「Ultimate Guitar」誌インタビューの後半では、おもに使用楽器について語っている。

 

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Q. フレットレス・ベースを過去何年も弾き続けていますが、もしクリーム時代にフレットレス・ベースが存在したら弾いていたと思いますか?

いいや、そうは思わないな。クリームではギターを強調するようなベースを弾きたかった。だから私はスケールの短いベースも弾いていた。フレットレスではスライドして弾くことができるが、ショートスケールのベースではチョーキングができるからね。チョーキングをやりたかったんだよ。

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Q. 「Sunshine Of Your Love」のリフでやっているチョーキングがまさにそれですね。

そうだ。あれがクリームのサウンドの一部を構成しているんだ。あのように弾いているときに得られる緊張感と、襲いかかるような感覚などがまさにそれだよ。

 

 

Q. クリームでのセッションはどんな感じだったのですか?

クリームでは当時のレコーディング技術に限界があったせいで、他にやりようがなかった。エリックがリズムギターを弾いて、私とジンジャーとでベーストラックをレコーディングする。その後ヴォーカルを加え、ギターソロを重ねる。ぜんぜん複雑じゃないレコーディング過程だった。

 

 

Q. しかしとても上手く行ったわけですね。

そうなんだ。演奏がイキイキしていたからね。だから今でもクリームの曲は生きているんだ。

 

 

Q. クリームで演奏していたベースのサウンドは独特なものでしたが、どうしてその後フレットレス・ベースに代えたのですか?

何か私にとってもう少しおもしろいことを見つけたかったんだ。だから代えたんだよ。フランク・ザッパと「Apostrophe」で共演したとき、彼はディストーションをとても強調した。あれがディストーションのあり方なんだ。少なくとも、ある程度まではね。

また当時ベースの音を聞こえるようにするためには、音を割ってしまうか、ディストーションをかけて演奏するかのどちらかだった。しかし今は技術が進歩して、もっと聞き心地のよい音で、しかもしっかり聞き取れるベースの音を出すことができるようになった。

(注:「Apostrophe」はフランク・ザッパのアルバム『Apostrophe』(1974年)に収録されたタイトル・チューン)

 

 

 

Q. クリーム時代や初期のソロアルバムでのあなたのベースを聴いてみると、やはりいいと思いますか?

もちろんだよ。「Songs for a Tailor」や「Harmony Row」なんかは今でも好きだ。こういった曲で演奏しているベースはよくできたと思う。私の場合は、ベースを最後に録音することができた。これは自分で全てをオーバーダビングしてレコーディングする場合にはとても良いやり方だ。ほぼ最後の段階でベースを入れるのは、なかなか良いと思うよ。

 

 

Q. ソロアルバムではベースを最後に録音したのですか?

ほとんどそうだったね。まず私がピアノを弾き、ほかにはギターやドラムがいて、そのトラックがベーストラックとなる。その上に私がベースを弾いてオーバーダブで録音してゆくんだ。

通常はベースが最後にレコーディングするパートのひとつだった。そうすることで、ベースでとてもメロディアスなラインを弾くことができるのと同時に、あまりメロディアスになり過ぎないという良い点もある。実際にその曲の中に混ざりこんでしまう感じだね。

 

 

Q. クリーム時代には、トーンのセッティングについて考えてみたことはありましたか?

全部「10」にしておいて、たしかマーシャルのスピーカーを1台か2台セットしていた。当時の音にはあまり繊細な部分はなかったと思う。

 

 

Q. マーシャルアンプを通すとベースが独特の音を出せると考えて、マーシャルを使っていたのですか?

いいや、そうじゃなかった。もともとはザ・フーが始めたんだ。クリームはそのアイデアを盗んだんだよ。ザ・フーは大きなアンプを使って、それを毎晩ぶち壊していた。それで私たちも同じアンプを使うことにしたんだ。エリックが言い出して、クリームでもマーシャルアンプを積み上げて使った。

しかし私たちがアメリカに行くとき、マーシャルアンプを運ぶことはできなかったし、アメリカでマーシャルを見るけることができなかったんだ。

実は私たちのアメリカでの最初のコンサートはザ・フーとの共演で、ザ・フーは自分たちのマーシャルアンプを持っていた。しかし彼らはマーシャルを貸してくれなかった。別に彼らを攻める気はないよ。結局ザ・フーは壊してしまっただろうしね。確か3週間にわたるコンサートだったと思うが、よく覚えていないな。

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Q. では、自分たちが使うアンプはどうしたのですか?

「マニーズ・ミュージック」に行ったら、ヘンリーがニューヨークに在庫のあるベースアンプやギターアンプを全て用意してくれた。クリームはそれをステージで使ったんだ。

(注:「マニーズ・ミュージック」はかつてニューヨークにあった楽器店。1933年創業。有名なミュージシャンたちがここでギターを購入していた。2009年に閉店。「ヘンリー」はここの2代目店主)

 

 

Q. フェンダーなどあらゆるアンプをですか?

とにかく手に入れることのできたものは何でもだ。それらを全部つなげてみた。きっとひどい音がしたに違いない。まあ、その時はしょうがなかった。

 

 

Q. クリームの初期のライヴではフェンダーベースVIを弾いていますが、少し珍しいチョイスだと思います。

グレアム・ボンド・オーガナイゼーションで演奏していた頃は「トップ・トウェンティ」という日本製のベースを弾いていたんだが、そりゃひどいものだった。だから新しいベースが必要だった。

その頃までジョン・マクラフリンがいたが、脱退してしまった。そこで「もし6弦ベースがあれば、ジョン・マクラフリンのギターパートを少しでもカバーできるかもしれない」と考えたんだ。時々、実際にカバーしてみたりもした。

その後クリームを始めたが、まだその6弦ベースを弾いていたのだ。当時、私は1本のベースしか所有しなかった。2本目など買えなかったからね。それにあの6弦ベースはマンフレッド・マンにいたときも演奏していたものなんだ。

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Q. どのようにしてそのフェンダーベースVIを『Fresh Cream』でのサウンドにできたのですか?

うーん、分からないな。正直言ってあのアルバムを最後に聴いてからずいぶん時間がたっているからね。

私はあのアルバムで6弦ベースを弾いていたかな?

 

 

Q. ええ、弾いていますよ。

たぶん弾いているんだろうね、きっと。正直言ってよく覚えていないよ。

 

 

Q. クリーム以後、あなたのベースプレイは異なる役割を担ってきたのですか?

今私がベースギターでやっていることはもっとシンプルなことだといえるだろう。以前のようにリード・ベースなど弾こうとはしていない。

今私がやっていることはもっと細かく控えめなものだ。当時は自分に気づいてもらうためにあのような演奏をしなければいけなかったが、私は今のやり方のほうを好んでいる。

今は私が弾くベースは、歌の機能的な部分となっていると思う。それでもやはり何らかの要素を持っているのだ。

 

 

Q. ジョン・メイオールのバンドでエリック・クラプトンと始めて共演したときのことを覚えていますか?

ああ、よく覚えているよ。私はジョン・メイオールと一緒にしばらく演奏していたが、エリックはそれほど長くいなかったと思う。

彼は私がそれまで一緒に演奏してきたどのギタリストよりも先を行っていた。例外はジョン・マクラフリンだが、彼のスタイルは別だ。エリックのことはよく覚えているし、彼は素晴らしいと思った。

そうしたら、彼はジョン・メイオールのバンドを脱退して、ワールド・ツアーに出てしまったんだ。でもそれほど遠くには行かなかった。ギリシャまでしか行っていない。私はそのままジョン・メイオールのバンドに数ヶ月ほどい続けたが、バンドには決して満足できなかった。あのときのメンバーはジョン・メイオール・バンドのなかでも上手い人たちではなかったんだ。でもエリックやバンドとの演奏を楽しんだのは事実だよ。

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Q. 『Goodbye Cream』について何か思い出はありますか?

うーん、あのアルバムについて何を覚えているかって?「Doing That Scrapyard Thing」をピート・ブラウンと電話越しに作曲したことを覚えているね。そのとき私はビヴァリーヒルズ・ホテルにいた。

 

 

Q. 初めてクリームとしてステージに上がったとき、あの魔法のような素晴らしい音楽になると想像できましたか?

クリームと一緒に演奏するのはとてもエキサイティングなことだった。時には完全にサイケデリックだったりもした。私たちは音楽の頂点に上り詰めたのだ。いつもエキサイティングだったよ。

「またライヴだ。じゃあ演奏しに行くか…」なんてことは決してなかった。私たち3人みんながライヴに真剣に取り組んでいた。

彼らと一緒に、あのような素晴らしい音楽を演奏する機会を持てたことは、私にとってとてもエキサイティングなことだった。

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Q. 『Goodbye Cream』で聴かせてくれるパフォーマンスは最高です。

そうだろ。いいバンドだったんだ。

 

Q. 今はすべて上手くいっていて、気分も上々ですね。

ああ、とても気分がいいよ。

 

Q. あなたは最高です。永遠に生き続けてください。

そんなこと分かるもんか。

 

Q. 少なくともあと30年は生きてくださいよ。

OK、それは約束するよ。

 

(了)

 

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