ポール・マッカートニー死亡説とレンズ豆スープ
最近も話題になったが、1969年に「ポール・マッカートニー死亡説」がまことしやかに流れたことがあった。
(http://www.starsandstories.com/21-of-historys-greatest-hoaxes/)
今となればすべて無理やり作り上げられたような話ばかりだが、当時のファンやマスコミが騒ぎ立てた有力な“証拠”が今でも語り継がれている。
そのひとつは、過去にリリースされたビートルズの曲を逆回転をすると、ポールが死んだことを裏付けるメッセージが聞こえる、というものであった。
例えば『The Beatles(ホワイトアルバム)』に収録されている「I'm So Tired」。
最後にジョンがつぶやく言葉を逆回転してみると、
Paul is dead, man!
I miss him, miss him, miss him...
(ああ、ポールは死んでしまったんだ。
彼がいなくて寂しい、寂しい、寂しい…)
と聞こえる、と言われている。
また同じく『ホワイトアルバム』収録の「Revolution 9」を逆回転させると、
Turn me on, dead man!
(死者よ、俺を興奮させてくれ!)
と言う声が聞こえてくる、というものもあった。
【ポールの隠遁生活】
このうわさが流れた1969年9月には『Abbey Road』がリリースされれいるが、ビートルズがライヴ活動をやめ、スタジオにこもってアルバム作りに専念し始めてからすでに数年たっていた。
またジョン・レノンやジョージ・ハリスンは自身のソロ活動に時間を割くようになっていたこともあり、ビートルズとして4人が公の場に姿を現すことは少なくなっていた。
事実この段階で、ジョンはビートルズ脱退の意思をほかのメンバーに伝えていたのである。
つまりバンドとしてはすでに解散状態にあった。
ビートルズの存続を最も望んでいたポールにとって、ジョンの脱退は大きな精神的ダメージとなり、しばらくは酒びたりの引きこもり生活に入ってしまったと伝えられている。
たった数ヶ月の間ではあったが、このときに表舞台から姿を消したことが「死亡説」の発端になった、というのが現在では定説になっている。
【「Maybe I'm Amazed」への思い入れ】
(http://oobujoobu.tumblr.com/post/35338781353/paul-is-still-with-us-the-case-of-the-missing)
そんなポールも年が明けて1970年になると、リンダの助けにより引きこもりから立ち直り、初めてのソロアルバム製作を始める。
自宅に設置した4トラックの録音機材を使い、今で言う「宅録」により『McCartney』を完成させた。
1970年4月17日(アメリカでは20日)、ポールのファースト・ソロアルバムがリリースされた。
ビートルズ解散と言うショッキングなニュースのせいもあり、このアルバムは大きな売上を記録し、商業的には大成功であった。
一方、評論家たちによる評価はまちまちであったようである。
「平凡で、退屈」「二流の仕事」などと評した評論家もあり、またインストルメンタル曲が多く含まれていたため「ジョンの助けがないとポールは詞が書けない」などと揶揄する声もあった。
また、それまでジョージ・マーティンによる手の込んだプロデュースによって飛躍的に洗練されていたビートルズサウンドと比較すると、『McCartney』はその手作り感のために余りにも雑に聞こえた。
特に前年には『Abbey Road』がリリースされ、ビートルズの音楽はその完成度を極めていたため、容赦のない比較にさらされることになった。
(http://shawnlevy.tumblr.com/post/26871932901/being-geniuses-together-george-martin-paul)
今でも、ビートルズ後のポールが本当に成功したのは『Band on the Run』(1973年)からであり、『McCartney』(70年)から『Red Rose Speedway』(72年)はあたかも“助走期間”である、といった感じで語られることが多い。
しかし、ポール本人にとってはこの『McCartney』への思い入れは強く、特に「Maybe I'm Amazed」は自分の代表曲(少なくともそのひとつ)と認識しているようである。
酒びたりで引きこもっていた自分に付き添い、復活させてくれたリンダへの思いを綴ったシンプルで力強いこの曲は、ウィングス時代から近年のアウトゼア・ツアーまで、ポールのライヴの定番となってきた。
【逆回転とレンズ豆スープ】
1995年10月、ポールはリンダとともにアメリカの人気TVアニメ「シンプソンズ」にゲスト出演した。
(http://ajournalofmusicalthings.com/now-fun-simpsons/)
もちろんポールとリンダのキャラクターがアニメとして登場するのだが、声は本人たちが担当した。
(http://www.vegemag.fr/culture/lisa-simpson-vegetarienne-1815)
「Lisa the Vegetarian」と題されたこのエピソードは、動物公園で羊と仲良しになったリサが、周りの人たちに笑われながらも、ポールやリンダの手助けによりヴェジタリアンになる、というストーリーであった。
(http://www.ecorazzi.com/2009/08/26/paul-mccartney-insisted-lisa-simpson-stay-veg/)
このエピソードのなかで、ポールはリサに「“Maybe I'm Amazed”を逆回転すると、レンズ豆のスープのレシピが聞こえてくるよ」と教える。
そしてこのアニメが終わりエンドクレジットが流れるとき、実際に「Maybe I'm Amazed」の逆回転が流れるのである。
耳を傾けると、確かにぶつぶつ言う声が聞こえる…
これはもちろんジョークで、製作者側からの提案で、ポールが後からレシピを語った言葉だけをオーバーダブしたものである。
ここでポールが紹介しているレシピは以下のものらしい。
1 medium onion, chopped (中サイズのたまねぎ1個、みじん切り)
2 tablespoons of vegetable oil (ベジタブルオイル、スプーン2杯)
1 clove of garlic, crushed (つぶしたニンニク、1個)
1 cup of carrots, chopped (ニンジンのみじん切り、1カップ)
2 sticks of celery, chopped (セロリ2本、みじん切り)
half a cup of lentils (レンズ豆、コップ半)
1 bay leaf (月桂樹の葉、1枚)
1 tablespoon of freshly-chopped parsely (みじん切りしたパセリ、スプーン1杯)
salt and freshly-ground pepper to taste (塩とひき立てのこしょうで味付け)
2 and a 1/4 cups of vegetable stock or water (野菜キューブか水、コップ2.25杯)
(http://www.thefoodbank.org/category/foodbank-cookbook/basic-lentil-soup/)
そして最後に
Oh by the way, I'm alive!
(ああところで、僕は生きているよ!)
と言っている。
これもまた、曲の逆回転と自分の死亡説を逆手に取ったジョークである。
このジョークのためであればビートルズ時代やウィングス時代のヒット曲でもよかっただろうし、またはこの時点で最新アルバムであった『Off the Ground』の収録曲でもよかったかもしれない。
しかし、あえて「Maybe I'm Amazed」を選んだところに、「自分といえばこの曲だ」という想いが見えるように感じるられる。